どこから来たの?
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“ 若いころは、なにかスケジュール入れるとき「うーん今週来週いっぱい詰まっていて」とか答えるひとがすげえとか思っていたけど、いまや「いつでも時間空けますよ」のひとのほうが(自分の時間を自分でコントロールできるので)はるかに豊かで地位も高いことが分かってきている。 ”
Twitter / 東浩紀 (via deli-hell-me)
“第一段階――自然のままの行動
あらゆる人間活動における連続した成長発達の段階は、三つに区切ることができる。子供はしゃベったり、歩いたり、争ったり、踊ったり、眠ったりする。有史以前の人間もやはり、しゃべったり、歩いたり「争ったり、踊ったり、眠ったりしたのである。こういう行動はまずなによりも「自然のままに」行われた。すなわち動物たちが生存に不可欠な行動を行うのと同じやりかたで行われたのである。これらは自然のままにわれわれの身についている行動だとはいえ、決して単純なものではない。もっとも単純極まる人間活動ですら、鳩が遠方からもとの場所へもどることや蜂が巣をつくることに劣らず不可解なものである。
自然のままの行動は共通の遺伝的特質である
これらあらゆる自然のままの活動は、どんな人間の場合にも同じように機能するのであって、このことは鳩や蜂の場合となんら変るところはない。
世界中のいかなる種族でも、島の上で孤立している部族でさえ、走り、跳び、争い、衣服をまとい、泳ぎ、踊り、縫いものをし、織物を織り、皮をなめし、籠を編んだりできるだけでなく、言葉をしゃべることができる。ただ、ある地域では自然のままの働きが成長分化しているが、他の地域では原始時代のまま変化していないということがあるにすぎない。第二の段階は個人的なものである
新たな発展の行われた時期や場所をみると、必らず特定の個人的な段階が日につく。すなわち、いく人かの人間が、自然のままにそなわった働きを実行するにあたって、独自の特別なやりかたをつくりだしている。あるものは独特の自己表現の方法を生みだし、またあるものは特別の走りかた、織りものや籠編みの別の方法をあみだしたり、本来のやりかたとはちがうやりかたでものごとを実現する方法を見出している。それらの個人的な方法に決定的な利点のあることがはっきりすると、他のものたちにも採用されるようになった。そうやって、オーストラリア人はブーメラン投げを完成し、スイス人はヨーデルを身につけ、日本人は柔=一をあみだし、南洋諸島ではクロール泳法が生まれたのである。
第三段階――方法と職業
あるプロセスがいくつかのやりかたで行われるようになると、各人が採用する個々の方法からはなれ、プロセスそのものを問題にする人物が現われて、個々の行動に共通するものを発見し、そうやってプロセスの本質を明らかにするようになる。この第三の段階になると、行動のプロセスは、知識の結果として特定の方法にもとづいて実行されるようになり、もはや自然のままではなくなる。文明世界で行われているさまざまの手仕事の歴史を調べてみると、以上三つの段階が例外なく存在しているのがわかる。人類の夜明けに人間は自然のままにすばらしい絵画を生みだした。レオナルド・ダ・ヴィンチは遠近法の基本原理を採用したけれども、その意味が(モンジュによって)完全に明確にされたのは、十九世紀に入ってからであり、それ以後はじめて、遠近法がすべての美術学校で教えられるようになったのである。
”
フェルデンクライス身体訓練法―からだからこころをひらく [単行本]
M. フェルデンクライス (著), Moshe Feldenkrais (原著), 安井 武 (翻訳)
“第二段階のはらむ問題点
系統的な行動段階とはいえ、必らずしも利点ばかりあるわけではない。その主な欠点は、専門化された事柄などたいていのひとが試みようともしないので、その結果、はじめの二つの段階ですら、各人の能力の範囲内にあるにもかかわらず全く手をつけようともしないということにある。とはいえ系統的段階というのはきわめて重要なものである。そのときはじめてわれわれは自らの個人的な内的欲求通りに行動する方法が見つけられるのである。その方法は自然のままにまかせておいたのでは決して発見できないであろう。なぜなら、世かれた環境や外からの影響は、進歩し続けることができないような方向にわれわれ自身をねじまげてしまうからである。系統的な探究と醒めた意識こそ、あらゆる行動領域をくまなく吟味する手段をさずけてくれるのであって、そのときはじめて、自由に行動し呼吸できる場所を自らの力で手に入れることが可能となるのだ。
”
フェルデンクライス身体訓練法―からだからこころをひらく [単行本]
M. フェルデンクライス (著), Moshe Feldenkrais (原著), 安井 武 (翻訳)
“ ひとはだれも時代に自分自身を適応させる。ある種の行動の場合は、自然のままのやりかたが個人的な限界であるとともに、社会的な制約ともなっている。また別の行動では第二段階まで、さらに多くの行動では第三段階まで到達することが期待されている。このような適応をなしとげるには、そのためのプロセスがばくぜんとしているので、当然いろんな困難がともなう。多くの場合、自然のままのやりかたでいいのか、それとも一からはじめて方法論的な段階までを究めなければならないのかは、なかなか決められないものである。
だからたとえば、歌や踊りのできないひとの多くは、習ったことがないのだから仕方がないと弁解する。ところが自然のままに歌ったり踊ったりしているひとも少なくなく、そういうひとたちは、生まれつきもっと才能にめぐまれていなければ、いまさらいくら訓練したってそれ以上うまくなるわけがないと思いこんでいる。ドラムの打ち方、走り高跳びや幅跳び、 フルートの吹き方、パズル・グームの遊び方、あるいはその他幼ない頃にもっばら自然のままに習得するにまかされていた多くの行動のやりかたを知らないひとは多い。そういうひとたちが、改めてそれらの技能を自分で習得しようとしないのは、すでに公認の方法があるからというのがその原因となっている。
系統的方法論のもつ力はそういうひとたちの眼にはきわめて大きく映るので、系統的かつ意識的に習得した活動だけにひたすら没頭することになり、そのため、幼少期に身につけたはんのわずかのものさえ、次第に自己イメージから消滅させてしまう。そういうひとびとは、社会にとってきわめて有用ではあるが、自発性には欠け、職業上の習熟した分野以外の世界では生きるのがむずかしい。
だからこそ、偶然の結果、ほとんど知らないうちにできあがってしまった自己イメージにではなく、自然のままの性向や才能に従って生きられるようになるためには、改めて自己イメージを点検し改善することがどうしても必要になるのである。 ”
フェルデンクライス身体訓練法―からだからこころをひらく [単行本]
M. フェルデンクライス (著), Moshe Feldenkrais (原著), 安井 武 (翻訳)
“ さまざまな人の、さまざまな話を聞くうち、僕がなぜ思考回路を混線させられているのか、わかってきた気がした。おそらく、どこかで「この人はこういうタイプ」と分類・整理しようとしていたのだろう。でも、そんなことは土台無理な話。こうした性的指向や嗜好は、きっとグラデーションのようになっているのだろうと、そう思った。 ”
“ 14日の日記で引用した≪それまで霧しかなかったところに山の姿の一部が出てきた≫という部分は、上記のような「情」を媒介とした「如来」との交流というイメージなのだろう。だからここで情とは、わたしが世界に対してもつ情というより、世界(如来)がわたしに対して示す情が、わたしにおいて現れるということになるだろう。
我々が普通「情」という言葉から連想するのは、岡潔が否定する「無明」というニュアンスが強いものだろう。無明とは仏教の言葉で、人間が生きようとする盲目的な意思のことで、≪自己中心的に知情意し、感覚し、行為する≫こと、いわば人の業のようなもので、これは「情緒」とは区別される。無明に支配されている個は小我であり、小我にとらわれることが、わたしが個性として(固有の色として)生きることを妨害する、と。
●しかしその一方、情を通じて把握することの限界のようなことも言ってはいる。それは、情の限界ではなく、情によっては理解することの出来ないところまで「積み上げられ」てしまった文化への危機感のようなものとして表明されている。例えば、数学の言語は≪大学のマスター・コース≫まで行って学んだ人でなければ理解することができないもので、≪すぐれた人が数学を知りたとおっしゃっても、そのもとめに応じられぬ≫ようなものに、数学がなってしまっていることへの危機感として語られている。
≪(…)一つの言葉を理解するためは、前の言葉を理解しなければならない。そのためには、またその前の言葉を理解しなければならないというふうに、どうしても遡らないと説明できないから、いま聞いて、いますぐわかるような言葉では言えないのですね。≫
≪これがもっとふえたらどうするのかということなりますが、欧米人がはじめたいまの文化は、積木でいえば、一人が積木を置くと、次の人が置く、またもう一人が置くというように、どんどん積んでいきますね。そしてもう一つ載せたら危ないというところにきても、倒れないようにどうにか載せます。そこで相手も人も、やむをえずまた載せて、ついにばらばらと全体がくずれてしまう。いまの文化はそういう積木細工の限度まで来ているという感じがいたします。≫ ”
“ そして、順序数もまた、身体的な体得だという。
≪順序数がわかるのは生まれて八か月ぐらいです。その頃の子に鈴を振ってみせます。初め振ったときは「おや」というような目の色を見せる。二度目に振って見せると、何か遠いものを思い出しているような目の色をする。三度目を振りますと、もはや意識して、あとは何度でも振って聞かせよとせがまれる。そういう区別が慄然と出る。そういうことで順序数を教えたらわかるだろうという意味で言っているのです。(…)おもしろいのは、二度目を聞かしたとき、遠い昔を思い出すような目の色をする。それがのちの懐かしさというような情操に続くのではないか。その情操が文化というものを支えているのではないか。≫
●そのようなことから、数学を支えているのは知・情・意の「情」であるという感覚が導かれているようだ。
≪数学がいままで成り立ってきたのは、体系のなかに矛盾がないということが証明されているためだけではなくて、その体系を各々の数学者の感情が満足していたということがもっと深くにあったのです。初めてそれがわかったのです。人がようやく感情の権威に気付いたといってもよろしい。≫
●そしてこの感じは、全知全能の存在(如来)と、無知無能な個とが、「情」を媒介にして交流するという仏教的なヴィジョンにつながる。岡潔においては、数学というものがおそらくそういうものとして捉えられている。ここまで来てようやく、岡潔が「情緒(情)」という言葉に込めている意味が少しわかってくるように思う。
≪仏教に光明主義というのがありますが、それは中心に如来があって、自分があるというのがはじまりで、私はそれがほんとうだと思っています。全知全能の大宇宙の中心である如来と、なぜまったく無知無能である個人との間に交渉が起こるかということは不思議なことかもしれない。しかし全知全能な者は無知無能な者に、知においても意においても、関心を持たない。情において関心を持っているのです。全知全能の者から見れば、無知無能の者は珍しくて、あわれで、可愛いのではないか、そこで交流が起こるのではないかと思うのです。情というものは知や意とはだいぶ違うのです。≫ ”
“ 『人間の建設』で岡潔は、数学の根拠に身体的なものがあるというようなことを言っている。例えば、自然数の「一」という概念を体得するのはだいたい生後十八ヶ月くらいで、そしてそれは≪全身的な運動≫として知るのだと言う。ラカンとかだったら、ここで何故「一」が成り立つのかを一生懸命理論化するのだけど、岡潔では、とにかく「一」が自然に現われるのだ、という感じになる。おそらく、このような身体的に自然に現われるもののことを情(情緒)というようなものとして捉えているのではないか。
≪自然数の一を知るのはだいたい生後十八ヶ月と言ってよいと思います。それまで無意味に笑っていたのが、そこを境にしてにこにこ笑うようになる。つまり肉体の振動ではなくなるのですね。そういう時期がある。そこで一という数学的な観念と思われているものを体得する。≫
≪数学は一というものを取り扱いません。しかし、数学者が数学をやっているときに、その頃できた一というものを生理的に使っているんじゃあるまいかと想像します。しかし数学者は、あるかないかわからないような、架空のものとして数体系を取り扱っているのではありません。自分にはわかりませんが、内容をもって取り扱っているのです。そのときの一というものの内容は、生後十八ヶ月の体得が占めているのじゃないか。一がよくわかるようにするには、だから全身運動ということをはぶけないと思います。≫
≪私がいま立ちあがりますね。そうすると全身四百幾らの筋肉がとっさに統一的に働くのです。そういうものが一というものです。一つのまとまった全体ということになりますね。だから一のなかでやっているのかと言われる意味はよくわかります。一の中に全体があると見ています。あとは言えないのです。個人の個というものも、そういう意味のものでしょう。≫ ”
“ 民族誌(みんぞくし、英語: ethnography)は、フィールドワークに基づいて人間社会の現象の質的説明を表現する記述の一種。民族誌学・エスノグラフィーとも。英語のエスノグラフィー(ethnography)は、ギリシア語のethnos=国民・民族と、graphein=記述に由来する。
民族誌は、あるシステムの様々な特性は、お互いに関係があり、単独では必ずしも正確に理解できないという考えに基づいた総合的な調査の結果である。 このジャンルは、形式と歴史において旅行記及び植民地政府の報告書の系譜を引く。いくつかの学問の伝統、特に構造主義と相対論的パラダイムにおいては、有効な研究方法として民族誌的な研究が要求される。 ”